創業明治三十年/うなぎの魚関

こだわり

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村手関三郎(初代)は伊勢湾や三河湾に揚がり名古屋の中央卸売市場へ卸された新鮮な魚貝を買い付け、
当地多治見の交通の要所であった多治見橋北詰において鮮魚商として創業いたしました。

「関さんの魚」の通称が屋号となり「魚関」としてスタートしたのは明治30年(1897年)のことです。
当時より定評の鰻の蒲焼きを主体に大正期には料理屋として形を変え、現在は料亭の構えで”味の追求”に勤しんでおります。
二代村手長右衛門、三代村手関長、四代村手洋之と四代にわたり多くの食通を唸らせる鰻料理の神髄蒲焼きは調理人の精魂こめた業の完成型であります。

俗に鰻調理の世界には昔から「割き三年、串打ち五年、焼き一生(注1)」という言葉がございます。
お客様に喜んでいただける鰻の調理にまさに一生かけて取り組む。
それほど鰻料理にはかけがえのない浪漫がありかつ、絶え間ない精進を必要とする食材に一つであるわけであります。
魚関では、鰻の目利きにもこだわります。もちろん厳選した鰻を仕入れております。
多治見の鰻の特徴は関東のように蒸したりせず、関西風に腹開きで割き、関西とは違って頭部は切り落として金串を打ちます。
途中尾張の焼き方に倣い白焼き後にみりんを一かけし照りを出しつつ余分な油を落としたのち、タレをつけて焼いてまいります。
焼き込む時間が比較的長く、備長炭の遠赤外線が焼き込むごとに、鰻自らの油でまるで唐揚げのように外側はカリッとし、
中身はふっくら仕上がっていきます。 百年来絶やしたことのない足し続けて守り抜いた魚関の伝家のタレはたまり醤油がベース。
鰻の街多治見の中でも甘みをおさえて、ややからみの効かせたたまりの風味が特徴で、
タレのうまさはもとより本来の鰻の素味を活かした味わいを信条としています。

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